最高裁判所第一小法廷 昭和43年(オ)439号 判決 1969年9月25日
主文
原判決の上告人敗訴部分のうち、昭和四〇年六月一八日以降の賃料が一ケ月四万〇一五二円であることを確認する旨の部分を破棄し、右部分につき本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人鵜沢晋、同高橋正蔵の上告理由第一点について。
土地の賃貸人は、借賃が土地に対する租税その他の公課の増減、土地の価格の昂低により、または比隣の土地の賃料に比較して不相当になつた場合その他経済事情の変動によつて、従来の賃料が不相当になつたときは、借地法一二条の規定により、賃借人に対し、相当な額にまで賃料の増減を請求することができるが、右にいう相当な賃料額を定めるにあたつては、同条所定の諸事由にかぎることなく、請求の当時の経済事情ならびに従来の賃貸借関係、とくに当該賃貸借の成立に関する経緯その他諸般の事情を斟酌して、具体的事実関係に即し、合理的に定めることが必要である。
原判決(その引用にかかる第一審判決を含む。以下同じ。)の確定するところによれば、被上告人は本件土地で旅館を経営していたところ、経営が不振のため旅館を取りこわし、住吉ビル株式会社を設立して施設付住吉住宅団地の建設を計画し、本件土地を上告人公団および住吉ビル株式会社に賃貸したが、本件土地上に建設された住吉ビルなる建物の建設費は上告人公団が負担したもので、右建物のうち上告人公団が所有する三階以上の部分を除く部分は、被上告人が代表者の地位についた住吉ビル株式会社に譲渡され、その残代金の支払方法は年利七分三厘、一〇年年賦弁済という有利な条件によつており、しかも住吉ビル株式会社は、右施設の上の住宅のうち二〇パーセントについて優先賃借権を有し、また、その賃借人から一ケ月約一二〇万円の家賃収入をうることができるというのであり、また、被上告人は、上告人公団主張にかかる固定資産の評価額の四倍をもつて更地の適正価額とする賃料の算出基準に基づいて甲第一号証の契約書を作成し、共同賃借人である上告人公団と住吉ビル株式会社との間の賃料分担率は、これを建物の共有持分比によつて定めるのではなく、利用効率比によつて定めることとしたというのであつて、右判示部分について原審の事実認定は正当として是認することができる。
他面において、上告人公団は日本住宅公団法(昭和三〇年法律第五三号)によつて設立されたいわゆる特殊法人であつて、その目的は、「住宅の不足の著しい地域において、住宅に困窮する勤労者のために耐火性能を有する構造の集団住宅及び宅地の大規模な供給を行うとともに、健全な新市街地を造成するために土地区画整理事業等を行うことにより、国民生活と社会福祉の増進に寄与すること」(同法一条参照)にあるから、その事業活動も、おのずから、右の目的に制約されるのである。そして、賃借人たる上告人公団の右のような目的と性格については、本件賃貸借の成立の当時、被上告人においても十分にこれを了知することができたものといわなければならない。
したがつて、本件賃貸借の賃料増額請求の結果形成された相当な賃料の算定にあたつては、叙上の事情のすべてを斟酌したうえでその額を決定しなければならないことは、もとより当然である。
ところで、上告人公団が主張する賃料算出の基準は、地主の年間の賃料収益をその投下資本に適正利潤率(年一〇〇分の六)を乗じたものとし、その投下資本とは更地の適正価額に土地利用比率(本件の当初の契約では一〇分の三)を乗じたものから地主の受ける経済的利益(本件では投下資本の一〇分の七)を差し引いたものである、というにあるが、前記のような事情のもとに締結された本件賃貸借においては、右基準は合理的なひとつの方法であり、妥当なものとしてこれを是認することができる。
しかるところ、被上告人が上告人公団に対し昭和四〇年六月一八日到達の書面をもつてした賃料増額請求による相当賃料額に関し、上告人公団が、原審において、右更地適正価額の算定にあたつては昭和三一年から同三五年までの分については固定資産の評価額の四倍とし、同三六年から同三八年までの分については固定資産の評価額の七倍とした(もつとも、上告理由書では、一般に、同三六年から同三八年までの分についても、既契約の分に関しては固定資産の評価額の四倍とし、同三六年以降に成立した新規契約の分に関してのみ、固定資産の評価額の七倍とした旨を新たに主張している。)が、同三九年度の固定資産税の評価額はそれ自体更地の適正価額に近いものになつたから、地方税法附則に「昭和三九年度から同四一年度分までの固定資産税額は昭和三八年度の評価額の一・二倍の額を固定資産税算出の基礎」とする特例が設けられたことにならつて、同三九年度以降の分については、昭和三八年度の固定資産の評価額の一・二倍をさらに四倍したものを更地適正価額として本件賃貸借の賃料を算出すべきである旨を主張したのに対し、原審は、本件土地の昭和三九年度の固定資産の評価額は坪当り一三万円余であるのに対し、鑑定人早川友吉の鑑定書によれば、同三九年四月の本件土地の時価は坪当り三三万円であり、またその余の証拠にも本件土地のその前後の時価をもつて坪当り四〇万円または四一万円と記述されているのと比較すれば、前記固定資産の評価額は更地適正価額に近いものといえず、したがつて、当初の算出基準に依ることを不相当とする理由はないとし、また上告人公団主張の算式は固定資産税、都市計画税等を算定の要素に加えず、かつ、固定資産評価額が相当期間据えおかれたことに徴し、上告人公団の主張する新しい算出基準は採用しがたく、当初の約定どおり固定資産の評価額の四倍を更地適正価額として、前記算出基準に基づいて計算するのが妥当である旨を説示して、上告人公団の主張を排斥している。
しかし、原判決の右判断をそのまま肯認することはできない。けだし、固定資産の評価額の四倍をもつて更地適正価額とする当初の地代算出基準が、被上告人と上告人公団の合意によつて定められたものであること前記のとおりであるとしても、右算出基準は、その基礎となつた、当時の固定資産評価額が目的不動産のいわゆる「時価」と著しくかけはなれていることを被上告人のみならず上告人公団においても認めたうえ、それを調整するために、右評価額の四倍の額を更地適正価額とするものとして、定めたものであるから、当事者の意思としては、かかる算出基準は固定資産の評価額と時価との間に当時存在した懸隔と著しく異ならない程度のものが保たれているかぎりにおいては右基準に従う趣旨において定められたものであつて、将来生ずべき事情のいかんにかかわらず、常に右の基準によつて更地適正価額を算出するものとして右基準を定めた趣旨ではないと解するのを相当とするところ、原判決の確定した事実関係によれば、本件土地の固定資産の評価額は、昭和三二年当時二一〇万〇五八一円であり、また同三六年当時三九六万五六六九円であつたものが、昭和三八年度まで据え置かれて同三九年度に至つて二二九四万四〇五六円と改訂された結果、その評価額は従前のそれに比較してにわかに約五・七倍になつたというのであつて、原判決が説示するように、昭和三九年度の固定資産の評価額の四倍を更地適正価額とする当初の地代算定方式によるべきものとするときは、本件土地の更地適正価額は坪当り五二万円をこえることにならざるをえない。しかるに、本件記録上、本件土地の更地適正価額が右金額に等しくなると認めるに足りるような証拠はなんら見当らないばかりでなく、当初の賃料算出基準を定めた趣旨が、右評価額の四倍を常に更地適正価額とする趣旨のものではないこと前記のとおりであるから、少なくとも昭和四〇年六月一八日にした賃料増額請求の結果、形成されるべき賃料額については右算定基準をそのまま適用する前提を欠くというべきであり、原判決の算出した賃料額は、結局、証拠にもとづかないで認定された違法があるといわざるをえない。
そしてまた、前記のような事実関係のもとにおいて、原判決が原判示の理由だけによつて、上告人公団の主張をすべて排斥し去り、ただちに当初の契約の算定基準のみに基づいて、昭和四〇年六月一八日以降の本件賃貸借の賃料額を算出したのは、ひつきよう、審理不尽の違法をおかしたものというべきである。したがつて、この点の違法をいう論旨は理由があり、上告人公団の敗訴部分中昭和四〇年六月一八日以降の賃料額の確認を求める部分は破棄を免れない。
よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴法四〇七条に従い、原判決の上告人公団の敗訴部分のうち主文掲記の部分を破棄し、右部分につき本件を原審に差し戻すこととし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松田二郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 岩田 誠 裁判官 大隅健一郎)